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“ハンカチ王子”斎藤が早大デビュー!野球部の初練習に参加
2007 / 01 / 14 ( Sun )
早大生としての第一歩を踏み出した斎藤。ちょっぴり増えた体重を絞ることも目標だ


 よろしくお願いします! 昨夏の甲子園で初優勝し、早大教育学部社会科へ進学が内定している早実・斎藤佑樹投手(18)が13日、東京・西東京市内の早大グラウンドで行われた同大野球部の初練習に参加した。総勢約110人の報道陣はじめ、非公開にもかかわらず100人を超えるファンが詰めかけるなど、昨年日本列島を沸かせた“ハンカチ王子”が、注目の中、早大生としての第一歩を踏み出した。





 仰天の光景が広がった。斎藤の早大初練習。冬晴れの東伏見の早大グラウンドが熱気に包まれる。新聞や雑誌社、テレビ、ラジオ各局など43社、約110人という早大野球部史上最多の?報道陣が詰めかけた。

 「(昨秋優勝した)兵庫国体が終わってからは取材される環境から離れていたので…。集まっていただいたことはとてもうれしいです」

 昨夏の甲子園で優勝投手となり、時の人となったハンカチ王子も、当初は報道陣の多さに戸惑いの表情を見せた。4年後を見越した巨人、日本ハム、ソフトバンクの3球団から4人のスカウトが駆けつけ、関係者以外、非公開にもかかわらず、グラウンド周辺には約100人のファンが詰めかけた。さっそく「佑ちゃんフィーバー」だ。

斎藤が使った真っ赤なグラブも注目を集めた=撮影・森本幸一


 “大学生活”の初日。午前中に84人の先輩、早実から入部する9人の仲間らとともに、グラウンド近くにある東伏見稲荷神社を訪れ「春のリーグ戦のベンチ入りが目標。一年間ケガをしないように」と手を合わせた。

 午後からは右ポケットにハンカチをしのばせて全体練習に参加。ウオーミングアップ後には新入部員一人ひとりが自己紹介した。斎藤は「自分なりに精いっぱい頑張るので、よろしくお願いします」とあいさつ。温かい拍手で迎えられると、すぐさまキャッチボール。大学用に新調した真っ赤なグラブをはめて、70メートルの遠投を行った。

 締めはランニング。1周約350メートルのグラウンドを30周、約10キロを走った。「(昨夏の)甲子園のとき(72キロ)より2、3キロ太った」ため、あごが上がる。それでも新入部員の中では3位に食い込み、約2時間の練習を終了。今後は休養日以外は練習に参加し、部の安部寮にも入る予定だ。

 「疲れましたが、それなりにこなせました」

 21世紀のアイドル-。早大にはかつて、1979年に本城和彦(国学院久我山)がラグビー部に、84年には大榎克己(清水東)がサッカー部に入部。練習場には数百から1000人近いファンが詰めかけたという。2人はともに高校時代に全国制覇を経験した教育学部の先輩。斎藤は、そんなヒーローを超え、昭和20~30年代、長嶋茂雄(立大)らの活躍で沸騰した東京六大学の人気を復活させる存在となることは間違いない。

 「私の頭の中では(ベンチ入り候補の)投手10人の中に斎藤は入っています」と應武篤良監督(48)。大きな期待を背負う斎藤は「昨年の秋に続き、リーグ戦で春秋連覇を達成したい」と堂々の優勝宣言。ハンカチ王子が、新たなスタートを切った。


(吉村大佑)

◆巨人・山下哲治スカウト部長
 「順調にいけば4年後、争奪戦になるのは間違いない」

◆ソフトバンク・宮田善久スカウト
 「ウチには和田もいるし、何も斎藤クンだけを見に来たわけではない。早大にはいい選手が多い」

◆主将の田中幸長外野手(新4年)
 「今いる投手陣はリーグ戦で勝っていないので、早く戦力になってほしい。(斎藤には)電話番など、(1年生の役割を)普通にやらせます」

★斎藤に聞く

 ―― 先輩の前で自己紹介していた

 「自分自身、精いっぱい頑張るので、よろしくお願いしますと言いました」

 ―― いきなり10キロ走

 「距離そのものは高校でも走っていたし、あらかじめ走り込みをやるといわれていたので、そんなにキツくはありませんでした。でも、初めての環境で気を使った部分もあり、同じところを周回したのは、ちょっとしんどかったです」

 ―― 大学生活に踏み出すが

 「いよいよという感じで、新鮮な気持ちです」

 ―― 教育学部を選んだ理由は

 「(西早稲田の)本部キャンパスに行きたかったことと、長い人生を考えて野球だけにはしたくなかったので、いろいろ学べたらいいと思って決めました」

 ―― 体重は

 「(昨秋優勝した)国体のあと、そんなに動いていなかったので、(昨夏の)72キロから2、3キロ増えました」

 ―― 参拝した神社では何をお願いした

 「1年間、けがをしないように、とお願いしました」

 ―― ファンは春から登板を期待しているが

 「一番近い目標は、春季リーグのベンチ入りです。早大野球部の一員として、昨秋に続く春・秋連覇を達成できればいいと思っています」


★今後は競争

 「投手陣で10本の指に入る」と斎藤の実力を評価した早大・應武監督だが、3月上旬予定の沖縄・浦添キャンプでは「連れていくピッチャーは8、9人」。斎藤には最初の関門となる。同監督の構想では、ベンチ入り投手は6人。春のリーグ戦でベンチ入りするには、競争を勝ち抜き、第2、第3の関門を突破する必要がある。


★早大の投手陣は

 昨秋のリーグ戦でチームの9勝すべてを2人であげた宮本(日本ハム)と大谷が卒業。エース候補は、須田(新3年)、大前、松下(ともに新2年)。今春は斎藤ほか福井(済美卒)、尾藤(岐阜城北)ら即戦力のライバルが入部予定だが、慶大、明大に比べ絶対的なエースはおらず、斎藤にも春の初戦の東大戦から登板機会が巡ってくる可能性は十分。野手陣は上本、松本(新3年)ら主力が多く残るため、戦力的には2季連続39度目の優勝を狙える。


★春のリーグ戦は

 東京六大学野球の07年春のリーグ戦は4月初旬に開幕。日程の詳細は、3月中旬に発表される。早大の初戦の相手は、東大に決まっている。


★非公開でも100人が道路越しで見学

 普段は練習見学できる一般ファンも、この日と14日はシャットアウト。延べ約100人が道路越しでながめるしかなかったが「毎年、練習始めを見に来ているのに」と食ってかかるオールドファンや、「遠いところから来た人もいるのに、かわいそう」と嘆く熟年女性もいた。駅前の商店街では“佑ちゃんフィーバー”を歓迎ムード。「土日は見学者もいっぱいで、にぎやかになりそうですね」(喫茶店主)と期待していた。


■早大野球部
 1901(明治34)年創部。「知識は学問から、人格はスポーツから」という「文武両道」の精神を掲げる。『野球部愛、練習常善、部員親和、品位尊重、質素剛健、他人迷惑無用』が部訓。1905年には日本で初の米国遠征を行った。昨年秋のリーグ戦までの成績は優勝38回で2位(1位は法大の42回)、1098勝662敗74分け。練習グラウンド、寮(安部寮)は東京・西東京市東伏見。應武篤良監督。



▼東伏見(ひがしふしみ)
 1929(昭和4)年、東京府保谷村に京都の伏見稲荷から分霊を奉祀され「東伏見稲荷神社」を建立。同年11月、西武鉄道の駅名も「上保谷」から「東伏見」に改称した。現在は西東京市東伏見。早大グラウンドは25(大正14)年に西武鉄道から約2万5000坪の土地を寄付されて建設。その後、拡充し、現在は87(昭和62)年に移転した野球部のほかサッカー、ホッケー、馬術など体育会14部が活動の拠点としている。


サンケイスポーツ

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