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歴史つくった早実88年目悲願/夏の甲子園
2006 / 08 / 22 ( Tue )
1915年8月、第1回大会に東京代表で出場した早実


<全国高校野球選手権:早実4-3駒大苫小牧=再試合>◇21日◇決勝・引き分け再試合
 古豪・早実がついに夏の頂点に立った。駒大苫小牧との決勝再試合を4-3で制し、1915年(大4)の第1回大会出場から27度目の挑戦で、悲願の夏初制覇を達成した。エース斎藤の熱投に、バックも堅守と勝負強い打撃で支え、73年ぶり2校目の夏3連覇を狙った駒大苫小牧を2日間にわたる激闘の末、破った。駒苫はエース田中将大(3年)をこの日もリリーフで起用したが反撃もあと1歩およばず。甲子園大会連勝は「14」、公式戦連勝は「48」(いずれも1分け含む)で止まった。大旗を手に、早実は22日に凱旋(がいせん)帰京する。
 チームが1つになり、つかんだ優勝だ。マウンドで全員が人さし指を天に突き上げた。
 最終回、無死で斎藤が2ランを浴びる。ベンチから神田雄二内野手(3年)が野手が集まるマウンドに伝令に走った。「リセットして、初回のつもりで行こう」。輪になり、甲子園の空を見上げた。深呼吸をして、胸を2回たたいて指を1本たて「みんなで1つ!」。いつもの合言葉だ。
 斎藤は、最後の打者・田中を空振り三振。第1回大会から参加してきた早実が、ついに夏の頂点に立った。
 いつも冷静な和泉実監督(44)が「88回目で優勝できました!」と声を裏返した。「(駒苫は)強かった。本当に強かった。秋(神宮大会)に負けて、倒そうと思って成長させてもらった。ありがとうございました」と頭を下げた。
 68人の野球部全員で勝ち取った。今春、チームはセンバツ8強。そのことで「おごりができた」とナインはいう。練習試合で勝てない日が続く。ベンチ入りメンバーとほかの部員との間にも亀裂が生じた。6月末、後藤貴司主将(3年)は部員だけのミーティングをした。2時間にわたる話し合い。控え部員から「(ベンチ入り)メンバーにやる気が感じられない」という言葉が飛び出した。全員が思うことをぶつけ合い、泣き出す者までいた。「ほかの部員が思うように練習できない苦しさも知った。気の抜いた練習はできない、と知った」。小柳竜巳三塁手(3年)は言う。
 そこからチームは変わった。この日、斎藤が「部員全員を信じてマウンドに立った」と話したのは、そういう意味だ。
 王貞治も、荒木大輔もできなかった夏の全国制覇。和泉監督は「出会いだと思う。和田さん(前監督)が荒木に出会ったように、私は斎藤や、この子たちに出会った」という。古豪は復活した。「最後まであきらめないで優勝旗を東京に持って帰ろう」。言い続けた言葉は現実になった。【古川真弥】

8月22日 11時00分
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