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88年待った…“和泉イズム”集大成
2006 / 08 / 22 ( Tue )
 階段を2段駆け上がった。九回表、1点差に迫られた瞬間、早実・和泉実監督(44)はベンチの最前列に。「指揮官ですから一番前に出て、みんなの動きを全部見届けようと、しっかり見てました」。それでも快挙の瞬間は、涙でにじんでしまった。
 「感性を磨け」とひたすら説く。「自分が欲するか欲しないかが大切。情報過多の世の中でピックアップする力が必要」。選手自身が考えて動くことを目指してきた。
 黄金期の早実で、捕手として2度甲子園に出場。早大ではレギュラーになれず、指導者を志した。卒業後に早大野球部と交流があった山口・南陽工の監督に就任。和田明前監督の急逝で、92年に母校の監督に就いた。
 南陽工時代は“スパルタ監督”。だが、今は選手の士気が下がると、黙って自分がグラウンドでノックを受ける。「戦う姿勢を示すため」。そこから先は選手に委ねる。
 「88年待ちました」という初優勝は、エース斎藤を軸に勝ち取った。「彼の力と、彼を守るみんなの力が僕の想像以上だった。私は最大の応援団でしかなかった」。斎藤が、センバツ後に1日200回のスクワットを自らに課していたことを新聞紙上で知った。「自分で考えてやったんでしょうね」。右腕の無尽蔵のスタミナは“和泉イズム”の集大成だった。
(デイリースポーツ) - 8月22日10時57分更新
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10 : 57 : 00 | 2006夏の甲子園関連 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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