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早実 王先輩に贈る劇的サヨナラV
2006 / 07 / 31 ( Mon )
<日大三・早実>11回サヨナラ安打を放った船橋と抱き合い男泣きするエース斎藤
<日大三・早実>11回サヨナラ安打を放った船橋と抱き合い男泣きするエース斎藤



 王先輩と一緒につかんだ夏切符だ――。第88回全国高校野球選手権大会・西東京大会決勝は30日、早実のエース斎藤佑樹(3年)が221球の熱投で延長11回の末、劇的なサヨナラ勝ち。10年ぶり27度目となる夏の甲子園出場を決めた。同校OBのソフトバンク・王貞治監督(66)は胃がんの摘出手術を受けて神宮球場に近い慶応病院に入院中。後輩たちの奮闘は王先輩にとってこれ以上ない“吉報”となったに違いない。

 <西東京・早実>梅雨明けした神宮の杜に雄叫びが響いた。延長11回、船橋の中前打で劇的なサヨナラ勝ち。アイボリーホワイトにエンジのユニホームが幾重にも歓喜の輪をつくる。拳を突き上げる早実ナイン。この夏の甲子園だけは絶対に譲れなかった。

 神宮球場の左中間後方。目と鼻の先に入院している大先輩、王監督が心の支えだった。11回、221球を1人で投げ抜いた斎藤は「センバツの時はちょうどWBC期間中で王さんの姿に勇気をもらった。だから今度は僕らが元気を与えようとずっと言ってきた。見守ってくださってありがとうございましたと伝えたい」と目を潤ませた。

 かつては王監督も背負った伝統校の背番号1。それを汚すわけにはいかなかった。強打の日大三打線を相手に一歩も引かない。立ち上がりこそ力んで初回に2本の三塁打で2点を奪われた。3回に1点を許したがここからが真骨頂。「低めに投げていれば、絶対仲間が打ってくれると信じていた」。4回以降はエンジン全開。球数が170を超えた9回に自己最速タイとなる149キロをマークした。延長10回には自らの悪送球で勝ち越し点を奪われたが、助けてくれたのは仲間だった。

 1点を追う延長10回の攻撃。1死から代打・神田、川西の連続二塁打で同点。延長11回1死三塁から船橋の劇打で3時間48分の死闘を制した。夏の甲子園が10年ぶり27度目なら、春夏連続出場は荒木大輔投手(現西武投手コーチ)らを擁した82年以来24年ぶりのこと。就任14年目の和泉監督は「今年だけでも勝たせてくれという気持ちだった。ここで勝たないとなんのために…。王さんに後押ししてもらった気がする」。その先は涙で言葉にならなかった。

 斎藤は今センバツ2回戦の関西(岡山)戦、延長15回引き分けの試合で231球を投げた。翌日の再試合こそ制したが、3連投となった準々決勝の横浜戦ではメッタ打ち。スタミナ不足を痛感した。センバツ後は連日200回のスクワット。走り込みなどで徹底的に下半身を鍛えた成果が大一番で出た。

 「きょうは100点。仲間にありがとうと言いたい。甲子園は絶対に優勝する」。試合後、斎藤の涙はもう乾いていた。“王先輩”とともに戦ってつかんだ夏切符。簡単に終わるわけにはいかない。

 ≪船橋が決めた!≫最後に決めたのは船橋だった。延長11回、中前へのサヨナラ打。「最高です。気持ち良かった。斎藤の体力を考えて、絶対自分が決めてやろうと思っていた」。今センバツでも何度も早実の窮地を救った男が夏の甲子園を引き寄せた。センバツでは、延長15回引き分けとなった関西戦で3安打2打点。14回の左翼の守備では超美技で斎藤をもり立てた。翌日の再試合でも1点を追う9回1死一塁から右前打し、右翼手の後逸で一気に逆転のホームを踏んだ。勝負強く頼れる5番打者。和泉監督は「とにかく“狙っていけ”と言った。うまく反応してくれた」と目を細め、船橋は「最後の夏を思いきり楽しみたい」と春に続く活躍を誓った。

 <西東京・日大三 あと1歩及ばず…>春の関東王者の力は示した。しかし西東京初の4年連続出場は、あと1歩届かなかった。あまりに悔しい幕切れ。日大三・小倉監督は「あれだけ選手が頑張っていたのに勝たせてあげられなかった。悔しい。監督の責任です」と唇をかむ。池永主将は号泣しながら「斎藤君を打ち崩す気持ちは強かったけど…」と声を絞り出すように話した。

 同点の9回1死満塁では外野手を含めた出場9人全員がマウンドに集まって鼓舞し合いピンチを脱出。延長10回に勝ち越した。だが、その裏1死二塁から川西の左翼への飛球にダイビングキャッチを試みた岩間のグラブの数センチ先を白球が抜けて同点に追いつかれ、11回に力尽きた。昨秋の東京大会準決勝で早実・斎藤に零敗を喫して以降、ナインの合言葉は「打倒・斎藤」。その思いは届かなかったが、大観衆の拍手は日大三の強さにも向けられていた。
[ 2006年07月31日付 紙面記事 ]
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05 : 00 : 00 | 2006夏の甲子園関連 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
早実サヨナラ!10年ぶり夏
2006 / 07 / 30 ( Sun )
<西東京大会:早実5-4日大三>◇7月30日◇神宮

延長11回221球を投げ抜いた早実のエース斎藤はナインから胴上げされた(撮影・柴田隆二)
延長11回221球を投げ抜いた早実のエース斎藤はナインから胴上げされた(撮影・柴田隆二)



 3時間48分の熱闘を制したのは早実だった。早実が延長11回、サヨナラ勝ちで4連覇を狙った日大三を破り、10年ぶり27度目、西東京代表として初の夏出場を決めた。センバツでも好投したエース斎藤佑樹(3年)が11回、221球の熱投を演じ、船橋悠(3年)がV打。直線距離で約600メートル先の病院に入院中している母校の大先輩、ソフトバンク王貞治監督(66)に歓喜を届けた。テレビ観戦していた王監督もナインにエールを送っていた。

 ベンチで斎藤は思わず叫んでいた。「まじかよ!」。4-4の同点で迎えた延長11回裏。午後1時2分に始まった決勝戦は5時にさしかかろうとしていた。1死三塁。打席に立った船橋が迷わず初球をたたく。打球は快音を残してセンター前へ。その瞬間、三塁側ベンチから早実ナインが一斉に飛び出す。笑顔と歓喜がはじけ飛んだ。

 早稲田の応援歌「紺碧の空」の歌声が球場にこだまする。表彰式後、早実大応援団の前で和泉実監督(44)の胴上げが行われ、大声が球場を包み込んだ。徒歩数分の距離にある病院でテレビ観戦していた王監督にも届け-とばかり、応援歌は鳴りやまなかった。

 エース斎藤が最後までマウンドを守った。1回、先頭打者の荒木郁也(3年)に三塁打を浴び、守備も乱れて2点を失う。3回にも1点を失ったが「硬さが取れた」と5回から9回まで3安打8奪三振と立ち直る。決勝前日(29日)、キャッチボールをした父寿孝さん(57)のアドバイス通りの投球に変わった。「普段通りにやれ。力んでも何にもならない」。8回には3者三振で決勝戦の流れを引き寄せた。

 10回には無死一、二塁で送りバントの処理を焦り、三塁へ悪送球。勝ち越し点を許したが「仲間が必ず逆転してくれる」と後続を断ち切った。その裏、川西啓介(2年)が起死回生の同点二塁打。再び追いつき、準決勝までチーム首位打者と打撃好調の5番船橋が「斎藤の体力を考えるとここで決めなきゃ…」と11回にサヨナラ打で決めた。

 斎藤の名を全国にとどろかせた今春のセンバツ。関西(岡山)との延長15回引き分け試合を1人で投げ抜いた。翌日も救援で7回を投げ、2日間で22回、334球。そのスタミナはこの日も生きていた。「負ける気がしなかった」。自己最速タイの149キロ、熱投221球。斎藤は「センバツで甲子園の土を持って帰らなくて正解だった」と口にした。そして「(王監督には)そばで見守ってくれてありがとうございます」と感謝の言葉を並べた。

 4連覇を狙った日大三の牙城を崩し、昨夏準決勝でコールド負けした借りを返した。和泉監督も涙をこらえきれなかった。「早実の監督としては、とにかく向こう10年勝てなくても、今年だけは勝たせてくれというくらいの気持ちがあった。そういったプレッシャーもあった」。病床の大先輩にも勝利の朗報を届けた。「今日の勝ち方を見ていると(王監督に)後押ししてもらっている気がします」。激闘を制した早実が、春に続いて再び甲子園の大舞台に帰ってくる。




早実Vへの足跡
2回戦 3-2 昭和
3回戦 11-2 小川
4回戦 11-2 府中西
準々決勝 7-3 東海大菅生
準決勝 5-4 日大鶴ケ丘
決勝 5-4 日大三





 ◆早稲田実業 1901年(明治34年)創立の私立校。生徒数は1215人(うち女子360人)。野球部は1905年創部。部員数は68人。校舎移転に伴い、01年より東東京から西東京に移る。甲子園出場は10年ぶり27度目(春は18度出場)。主なOBはソフトバンク王監督、元横浜監督の大矢明彦氏、西武荒木大輔投手コーチら。所在地は東京都国分寺市本町1の2の1。渡辺重範校長(63)。
00 : 35 : 43 | 2006夏の甲子園関連 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
早実 サヨナラ勝ちで甲子園に王手
2006 / 07 / 29 ( Sat )
9回2死満塁、右前にサヨナラ打を放った早実・佐々木はガッツポーズ
9回2死満塁、右前にサヨナラ打を放った早実・佐々木はガッツポーズ



 <西東京・早実>神宮の杜に「紺碧(ぺき)の空」が響く。早実が苦しみながらも9回、1年生・佐々木の右前打でサヨナラ勝ちだ。10年ぶりの夏、24年ぶりの春夏連続出場に王手をかけスタンドは歓喜に揺れた。しかし、完投したエース斎藤は笑顔を見せることなく言った。

 「みんなが打ってくれて助かりました。力んで自分本来の球がいかなかった」。初回、いきなり先制点を献上。逆転した直後の6回は2四球の走者を還され再びリードを許した。再逆転して迎えた9回は暴投で同点。春の都大会準決勝でサヨナラ負けした日大鶴ケ丘に雪辱も、4失点の149キロ右腕は感謝の言葉ばかりを繰り返した。

 笑顔は30日の決勝の後でいい。「絶対に負けられない。仲間と甲子園に行きたい」。その思いは慶応病院に入院中の大先輩、ソフトバンク・王監督にも届く。

 <西東京・日大三 猛打で決勝>春の関東王者が本領を発揮。小林の2ランを含む11安打で今夏初の2ケタ10得点を奪って決勝進出だ。小倉監督は「プレッシャーはない。(決勝は)斎藤君を打てるかどうかだけ。早実を倒す、それしかない」。現チームの公式戦敗戦は、昨秋の都大会準決勝の早実戦だけ。その時に零敗を喫した斎藤に借りを返し、4年連続出場をつかむ。

 <神奈川・東海大相模 田中大 2戦連発42号で決勝進出>またまた田中大のバットが火を噴いた。3点差に詰め寄られた直後の4回だ。先頭で打席に入ると、直球に詰まりながら横浜スタジアムの右翼席に運ぶ高校通算42号。2戦連発、今夏3本目のアーチでチームを再び勢いづかせ、7回コールドでの決勝進出に導いた。

 「次につなごうという気持ちだった。流れを変えるためにも1本打ちたかったので良かった」

 怪物は愛工大名電・堂上、大阪桐蔭・中田だけじゃない。チーム打撃に徹し、逆方向への打球も目立つが、ここ一番では流れを引き寄せる一発も打てる。昨春センバツでは2年生4番として2戦連発。プロ注目のスラッガーは「打倒・横浜でやってきた。横浜に勝って甲子園に行く」と29日の決勝へ意気込む。強打の横浜を田中大の豪打でねじ伏せる。その先には29年ぶりの夏の甲子園が待っている。

 <神奈川・横浜 横綱相撲で快勝>これぞ横綱相撲だ。今センバツを制した自慢の強力打線が12安打で8点を奪うと、エースの左腕・川角が1失点完投。横浜が危なげない戦いぶりで決勝に駒を進めた。

 「人工芝だし、叩きつける打撃を指示したのが8点につながった。今のところ順調にきている」。渡辺監督も満足そうにほおを緩める。2回に越前の左中間ソロで先制すると4回は相手の守備の乱れもあり2点。5回以降も好機を確実に生かして得点を重ねた。

 それでも2安打した攻守の要、4番・福田主将は言う。「取れるところで点が取れなかった場面もあった。それとサインミスが出たことも反省点です」。松坂(西武)を擁した98年以来の春夏連覇が目標だけに、完勝にも気を引き締める。現チームの公式戦対戦は1勝1敗の東海大相模と決着をつけ、2度目の偉業への一歩を踏みだす。

 <大阪・大阪桐蔭 中田 今大会初のノーアーチ>届かなかった。箕面学園戦の3回1死二塁、中田の5試合連発の夢を乗せた打球は左翼フェンスを直撃する二塁打。だが今大会初のノーアーチにも落胆の色はない。「真シンだったけど、上がりすぎた。記録が止まっても特に何とも思ってない」。目標はあくまで2年連続の甲子園。「プレッシャーはあるが、投手陣のために打ちたい」と“平成の新怪物”が再爆発を誓った。

 <大阪・PL学園 “桑田2世”前田が今大会3号>“桑田2世”前田がバットでも非凡な能力を見せつけた。5回戦の吹田戦は「4番・左翼」で出場すると、3回無死一塁から今大会3号となる左越え2ラン。7回にも中前打を放ち、通算17打数11安打12打点の荒稼ぎだ。「(バットの)先だからどうかと思ったけど、うれしい」。桑田ですら2年時の大阪大会で記録した2本塁打が最高。大先輩を超える一発に「体のバランスがいいからヘッドスピードが走るんでしょう」とロッテ・永野スカウトは話した。
[ 2006年07月29日付 紙面記事 ]
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早実 接戦制した“王さんに勇気”
2006 / 07 / 17 ( Mon )
<都昭和・早実>ピンチに早実ナインはマウンド上で深呼吸して精神統一
ピンチに早実ナインはマウンド上で深呼吸して精神統一



 第88回全国高校野球選手権西東京大会では春夏連続出場を狙う古豪・早実が逆転で初戦を突破した。 【16日の結果】

 見えない力がナインを後押しした。斎藤がこん身の直球で最後の打者を打ち取ると、大歓声の中ナインの笑顔がはじけた。

 薄氷を踏む思いでの初戦突破。何より勝ったことがうれしい。「センバツでは(WBC優勝の)王監督に勇気をもらった。今度は僕らが元気づけたいと思っていたので、初戦突破の報告ができるのがうれしい」と斎藤。胃の腫瘍(しゅよう)摘出手術のため、慶応病院に入院中の大先輩、ソフトバンク・王監督のためにも負けるわけにはいかなかった。

 都昭和を相手に苦しい展開。5回に先制しながらその裏に逆転を許した。7回に何とか同点に追いつくと9回2死二塁。内藤の打球は投ゴロも相手投手がはじく間(記録は失策)に二塁走者の斎藤が一気に勝ち越しのホームイン。斎藤は投げても6安打15奪三振、139球の熱投で勝利を呼び込んだ。「入院後も早実を気にしてくださっていると聞いた。手術の前で、それどころではないだろうに。きょうは王さんが力を貸してくれたんだと思う」と和泉監督は涙を浮かべた。

 入院中の王監督には13日、全校生徒で折り上げた千羽鶴が渡辺校長を通じて届けられた。04年に王監督らOBの尽力で完成した専用球場“王貞治記念グラウンド”から狙うは春夏連続甲子園出場。斎藤は「勝ち続けてもっといい報告をしたい」。王監督も背負った伝統校の“背番号1”を受け継ぐエース。その目は真っすぐに甲子園へ向いていた。

 <千葉・千葉英和>今年1月15日に死去した前監督・小沢章一氏(享年41)にささげる今夏2勝目は最後まであきらめない執念が呼び込んだ。初回に6失点も7回に同点。8回に突き放されながらその裏同点。そして9回、石川の左前打で劇的なサヨナラ勝ちを収めた。小沢前監督は早実時代に荒木大輔(西武投手コーチ)らとともに1年生から主力として5季連続甲子園出場した名二塁手だった。伊藤監督が「ここで負けては顔向けできなかった」と言えば、殊勲打の石川は「前監督のためにできるだけ勝ち進みたい」と躍進を誓った。

 <東東京・帝京>4年ぶりの夏の甲子園出場を狙う第1シードが貫録の5回コールド発進だ。12安打に15盗塁を絡めて11点を奪い、投げては大田―高島の完封リレー。それでも前田監督は「今年のチームはみんな足が速くていい。でも、まだまだ」と気を引き締めた。
[ 2006年07月17日付 紙面記事 ]
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