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鹿児島工業高の代打男・今吉晃一 「シャーッ」の理由
2006 / 12 / 24 ( Sun )
鹿児島工業の代打男・今吉晃一
鹿児島工業の代打男・今吉晃一



 平成18年は、野球の年だった。王ジャパンのWBC優勝に始まり、夏の甲子園から秋の国体まで続いたハンカチ王子人気、新庄劇場の勢いのままに日本ハムが日本一となり、締めは松坂大輔の高額メジャー移籍。松井秀喜の骨折やONの闘病・復帰も含め、その話題量はワールドカップ・イヤーだったサッカーを凌駕(りょうが)した。

 なかで最も印象に残ったのが、この野球少年だった。夏の甲子園でベスト4に勝ち進んだ鹿児島工業の代打一筋。1球ごとにバットをかざして「シャーッ」の雄たけびをあげ、派手なガッツポーズでアルプススタンドを沸かせた。ピンチの伝令役ではチームメートが彼のそり上げた頭に手を置いて気持ちを静めた。ベンチ前の円陣でも常に中心に彼の頭があった。

 沈着クールな早実のエース斎藤佑樹は彼を三振に打ち取ると腰だめにガッツポーズを作り、試合後は早実の和泉実監督までが「おれにも頭を触らせろ」と彼の姿を追った。

 国体では駒大苫小牧の主将、本間篤史が彼をまねて「シャーッ」とバットをかざして打席に入り、死球をくらってスタンドの爆笑を誘った。超高校級投手、田中将大は高速スライダーで彼を三振に打ち取り、会心の笑みをマウンドでみせた。

 彼の周囲には、いつもたくさんの笑顔があった。野球という競技が、とても素敵なものに思えた。だが、お調子者にも見えた彼の素顔は少々違う。あの「シャーッ」にも、考え抜いた理由があった。


 165センチ、90キロ。恵まれた体格とは言い難い。2年になったころ、すでに捕手でのレギュラーはあきらめていた。チームには超高校級捕手の鮫島哲新がいた。実力の違いは歴然としていた。「僕の役割はなんだろう」。まず人一倍、声がでかいことだった。勝っていようが負けていようが、代わらぬ音量の激励、叱咤(しった)はベンチに欠かせなくなった。ムードメーカーに徹する一方、控え選手や下級生への目配り気配り、周囲が見えている選手としての評価も高く、副将も任された。

 腰に違和感を覚えたのは、昨秋だった。ただの疲れと思い、2週間休んだが、痛みは引かなかった。医師の診断は疲労骨折。高校生が一番伸びるとされる冬を無為に過ごした。バットは振れず、ボールも投げられない。焦りもあった。春になっても腰の状況は変わらなかった。一時は退部も考えたが、チームの皆が止めてくれた。もう一度こいつらと野球がやりたい。そう思った。

 5月、高校最後の県大会まであと2カ月。医師と監督に直訴した。「この夏だけで、その後はもう野球をやりませんので、ここで腰が壊れてもかまいません」。監督の出した条件は、1試合1打席の代打専門。守らない。塁に出たら代走を出す。その後もすべての練習には参加できず、仲間がノックを受けている間はティー打撃を行った。それでも自分の仕事があることがうれしかった。

 監督からは、1打席に賭けるアドバイスをもらった。「直球はど真ん中でも見逃していい。カーブだけをねらえ」。迷いはなくなった。あとはどう変化球を投げさせるか。考えた。

 「気合満々で打席に入れば、こいつはストレートを待っていると思われる。裏をかいてカーブを投げてくれるんじゃないか」

 「シャーッ」の誕生秘話は、もう真剣な場での野球をやるつもりはないから明かせた。思惑は当たり、県大会では決勝まで6試合でなんと、6打数5安打。チームは甲子園初出場を勝ち取った。

 甲子園初陣の相手は高知商。八回二死で代打に送られ、「大観衆に足がガクガクし、打席に入ったところまでしか覚えていない」が、右翼線二塁打。準々決勝の福知山成美(京都)戦では劣勢の七回先頭で代打。遊撃横へのゴロを一塁への猛烈なヘッドスライディングで内野安打とし、ガッツポーズでほえた。腰の痛みは忘れていた。代走が同点のホームを踏んだ。

 準決勝を前に早実の斎藤は「今吉君を押さえたい」と話した。決戦は六回二死二塁。0-3から狙っていたスライダーを強振してファウル。結局フルカウントから内角高めの速球を空振り。斎藤が珍しくガッツポーズで笑顔をみせた。甲子園のスタンドが膨れあがるような歓声がとどろかせた。

 鹿児島に帰ると、人気は頂点に達していた。知事も市長も、今吉の頭に触りたがった。


 今吉は斎藤との対戦を、いまも「野球をやってきて、一番楽しかった」と話す。だが秋の国体で、さらなる怪物を見た。駒大苫小牧の田中の高速スライダーに見逃し三振。「レベルの差を感じました。斎藤のスライダーにはなんとかかすったけど、田中のは見えなかった。体が全くついていけなかった」

 米国遠征の高校代表でマスクをかぶり、両投手の球を受けた鮫島もこう話したという。「斎藤はコントロールもよく、サインを出したらそこにくる。田中のスライダーは後ろにそらすんじゃないかと、いつもドキドキしながら構えていた」

 その米国遠征で、斎藤は今吉にみやげを買って鹿児島工業のチームメートに託した。今吉の愛称「ゴリラ」が記された白い絹のハンカチだったという。斎藤とはたまにメールで連絡を取り合う。「野球の話とか。ま、あっちは大変だと思うし」

 すでに大手の鉄鋼会社に就職が内定している。「世界を支える仕事。そういうものをやりたいんです」

 トレードマークのツルツル頭は、3日に1回、自らカミソリでそり上げていた。道行く人からも「あなたに元気をもらった」と触られることがあった。断ったことはないが、「もうそろそろいいんじゃないかという気持ちもあります」。(取材・大地山隆)

(2006/12/24 19:04) 産経新聞

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19 : 04 : 00 | 2006夏の甲子園関連 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
座談会:甲子園での思い語る 鹿工野球部監督や選手招き、鹿大で /鹿児島
2006 / 12 / 10 ( Sun )
鹿児島工業、早実、駒苫と並んでものすごく印象深いチームなのですが、
実は鹿児島から選出されたのは「初」だったみたいですね!
なんと、創部85年で初出場!! 長い・・長い歴史です。

本で読んだのですが、鹿児島には本当に強い3強があって、
その3校以外でこの25年間甲子園に出たところはないという。
私でも知ってる、「鹿実」こと、鹿児島実業とかがそうですよね。
定岡正二とかサッカーだけど城彰二が出てるところ。
どうでもいいけど二人とも「ショージ」でしたね。

主将の鮫島哲新(てっしん)くんもとても素敵ですが、
やっぱり今吉晃一くんでしょうか。
もう高校生とは思えないんだもの、あの度胸。
「ヨッシャー!」とか言いながら気合入れてるときに
斎藤くんがものすごく笑いをこらえてる感じがまたかわいいし。

なにより彼らを尊敬するのが、中学校から自分達の進むべき道を決めてるところ。
鮫島君にしろ、今吉君にしろ、ピッチャーの榎下君にしろ、
あのスクールウォーズでの山下真治をしのぐほどの(←勝手に)
「泣き虫先生」中迫監督がいたから、この高校を選んだのだと知り、
いっそう尊敬のまなざしでもってみつめてしまうのです。

これから鮫島君は大学進学、今吉君は社会人になって
それぞれ別の道を進むようですが、
この夏を熱くしてくれた彼らのことも忘れないだろうなー。と思えるのでした。

「なんつぁならん!!」



 夏の甲子園で4強に入った鹿児島工野球部の監督や選手らを招いての座談会が9日、鹿児島大であり、甲子園を目指して奮闘した部員らの話に約100人の聴衆が耳を傾けていた。
 「なんつわならん!の合言葉のもとに―鹿工ナインの甲子園熱闘を支えたもの―」と題し、NPOかごしま生涯学習サポートセンター(三浦嘉久理事長)が主催。選手の行動から、子育てや生きることについて学んでもらおうと企画した。
 会では、中迫俊明監督や鮫島哲新・元主将、「代打の切り札」として活躍した今吉晃一選手らが甲子園での心境などを話した。中迫監督は「スタンドから応援する生徒が『野球をもう一度するなら、やっぱり鹿工でやりたい』と言ってくれるチームを作ることが目標」と話すと、当時スタンドから応援した山下翔平選手は「監督はいつも一人一人を見て、必ずチャンスをくれた。感謝している」と応えた。
 今吉選手は「大歓声が力になった。甲子園には魔物が住んでいると聞いたが、自分にとっては味方ばかりだった。(早実の)斎藤(佑樹)投手との対戦は今までで一番楽しかった打席」と振り返った。中央大に進学が決まった鮫島元主将は「勉学と野球を両立し、しっかり鍛え直して4年後にプロ入りを目指す」と今後の目標を語った。【川島紘一】

12月10日朝刊
(毎日新聞) - 12月10日13時1分更新

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13 : 01 : 00 | 2006夏の甲子園関連 | トラックバック(1) | コメント(0) | page top↑
早実が分科会賞を受賞…和泉監督「チーム力を感じました」
2006 / 11 / 30 ( Thu )
 東京運動記者クラブ・アマ野球分科会総会が開かれ、今夏の甲子園で初優勝した早実高野球部が分科会賞を受賞した。代表して分科会総会に出席した早実高の和泉実監督(45)は「(エースの)斎藤はもちろんですが、選手みんなが頑張ってくれてチーム力を感じました」と振り返った。また、来春のセンバツ出場は絶望的だが「来年の夏は今の仲間たちと甲子園に来たい」と意気込んだ。
(サンケイスポーツ) - 11月30日9時48分更新
09 : 48 : 00 | 2006夏の甲子園関連 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
早実高に分科会賞=東京運動記者クラブ・アマ野球分科会
2006 / 11 / 29 ( Wed )
 東京運動記者クラブ・アマチュア野球分科会は29日、今年の分科会賞に夏の全国高校選手権で初優勝した早稲田実(東京)を選び、都内で開いた総会に和泉実監督を招いて表彰した。同校は今春の選抜大会から2季連続で甲子園大会に出場し、エース斎藤佑樹投手の活躍で話題を巻き起こした。 
(時事通信) - 11月29日19時0分更新
19 : 00 : 00 | 2006夏の甲子園関連 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
高校野球:苫小牧市、駒苫に郷土貢献者特別表彰--夏の甲子園準優勝で /北海道
2006 / 11 / 02 ( Thu )
 苫小牧市は1日、夏の甲子園で準優勝した駒大苫小牧高野球部に郷土貢献者特別表彰を授与した。岩倉博文市長から小玉章紀校長に賞状とクリスタルの盾が、香田誉士史監督や選手らには記念品として半球状のクリスタルの文鎮がそれぞれ手渡された。
 制服姿で出席した選手たちは髪が少し伸び、リラックスした表情で時折笑顔を見せていた。本間篤史前主将(3年)は「昨年に続き今年も表彰されてすごくうれしい。皆さんが応援してくれたお陰でこういう賞をもらえた。(記念品は)大事にしたい」と語った。
 同校野球部の特別表彰受賞は2年連続。市は夏の甲子園で初優勝した04年に郷土貢献者表彰を贈ったが、通常表彰は1度のため、昨年の連覇時に規則を改正して特別表彰を新設した。【笈田直樹】

11月2日朝刊
(毎日新聞) - 11月2日12時1分更新
12 : 01 : 00 | 2006夏の甲子園関連 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
北海道高野連が夏の甲子園準V駒苫を表彰
2006 / 10 / 09 ( Mon )
夏の甲子園準優勝の表彰を受けた駒大苫小牧の入場
夏の甲子園準優勝の表彰を受けた駒大苫小牧の入場


 北海道高野連(高悦夫会長)は8日、秋季北海道大会の開会式の中で夏の甲子園で準優勝した駒大苫小牧を表彰した。会場では内田部長、香田監督をはじめベンチ入りした19部員が記念の盾を受けた。また前年の同大会の優勝旗を林幸平主将(2年)が返還した。
(日刊スポーツ) - 10月9日9時40分更新
09 : 40 : 00 | 2006夏の甲子園関連 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
佑ちゃん観戦の前で“斎藤2世”6回好投、早実17得点圧勝
2006 / 09 / 18 ( Mon )
 ◆高校野球秋季大会東京大会ブロック1次予選3回戦 都東大和南1-17早実=7回コールド=(17日、早実) のじぎく兵庫国体に向けて調整中の早実・斎藤佑樹投手(3年)が、17日、東京・八王子市の同校グラウンドで行われた新チームの公式戦を観戦。新チームは、偉大な先輩が見守る中、7回コールド勝ちした。

 “ニュー早実”も強い。7番・八木秀樹(1年)の2発など19安打と打線が爆発。投げては、“斎藤2世”阿久根駿介(1年)が6回4安打1失点。ブロック予選突破まであと1勝とした。右足にためをつくる投球フォームが、斎藤とうり二つの阿久根は「フォームを変えたのは入学直後。斎藤さんをまねてやってきました」と話す。「あこがれの存在なので、少しでも近づきたい」その気持ちが、この日の快投につながった。

 斎藤は国体初戦(10月1日、対福知山成美)に向けて、ほかの3年生部員と共に室内練習場で汗を流し、ブルペンでは投球練習を行った。
(スポーツ報知) - 9月18日10時15分更新
10 : 15 : 00 | 2006夏の甲子園関連 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
駒大苫小牧惨敗、センバツ消えた
2006 / 09 / 17 ( Sun )
<駒大苫小牧・北海道栄>スタンドから声援を送った前エースの田中
<駒大苫小牧・北海道栄>スタンドから声援を送った前エースの田中


 夏の甲子園準優勝の駒大苫小牧が16日、秋季北海道大会室蘭支部予選で、今春のセンバツに不祥事で辞退した同校に代わって出場した北海道栄に7回コールドの1―8で敗退。来春センバツ出場が絶望的となった。

 スタンドで見守る前エース田中将大から新エース菊地翔太への「どっしりいけー」の叫びも届かなかった。甲子園3試合に先発した菊地ら3投手が11安打を浴び、打線はわずか5安打。00年秋以来6年ぶりの公式戦コールド負けの屈辱に加え、北海道内の公式戦連勝も32で止まった。「(北海道)栄さんが3枚も4枚も上手でした」。香田誉士史監督も現実を素直に受け止めた。

 新チームスタート後、学校グラウンドのスコアボードには「泥くさく」の文字が入っている。田中のような大黒柱は不在。全員一丸で向かっていく意識を文字に込めていた。この日3打数無安打に終わった林幸平主将は「自分たちの弱さが分かった。ひと冬乗り越えて、最後の夏は甲子園に立ちたい」。厳しい寒さと向き合う、例年より長いオフを無駄にはしない。
[ 2006年09月17日付 紙面記事 ]
05 : 00 : 00 | 2006夏の甲子園関連 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
高校生103人がプロ志望届提出
2006 / 09 / 15 ( Fri )
 日本高野連は15日、プロ入りを希望する高校生に義務付けた「プロ野球志望届」の提出を締め切り、この日までに103人が届け出たと発表した。
 今夏の甲子園で駒大苫小牧を準優勝に導いた田中将大投手のほか、堂上直倫内野手(愛工大名電)、前田健太投手(PL学園)、大嶺祐太投手(八重山商工)らが届け出を済ませた。
 全国制覇の早実(東京)からは既に進学を表明した斎藤佑樹投手をはじめ、1人も届け出はなかった。八重山商工の金城長靖選手は社会人野球でのプレーを希望し、提出を見送った。
 「プロ野球志望届」は04年から退部届に代わって導入され、未提出の場合は、25日に開催される高校生対象のドラフト会議で指名を受けることができない。
(日刊スポーツ) - 9月15日20時50分更新
20 : 50 : 00 | 2006夏の甲子園関連 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
田中初志貫徹!プロ志望届を提出
2006 / 09 / 14 ( Thu )
 駒大苫小牧の田中将大投手(3年)が13日、北海道高野連にプロ志望届を提出した。同校で会見を行い「両親はもちろん、監督さんとかいろいろ話した結果の答えなので、迷いはありません」と明かした。25日の高校生ドラフトで地元日本ハムなど複数球団の1巡目指名が確実視されている。

 初志貫徹した。全日本高校選抜の米国遠征から帰国した8日、大阪で兵庫在住の母和美さん(43)と会い「(プロ志望の)気持ちは変わってない」と伝えた。北海道に戻り、10日には香田誉士史監督(35)に進路に関するアドバイスを受けた。そこ(プロ)でやって、成長していきたいと思ってました」。最後まで気持ちは揺るがなかった。

 帰国後も無休で練習を続けており、及川雅也捕手(3年)は「甲子園より全然レベルアップしてます」と証言する。最速150キロの直球と高速スライダーを武器に、米国遠征を含めて高校通算32勝2敗、同416奪三振を積み重ねてきた。昨夏は甲子園優勝。今夏は37年ぶり引き分け再試合となった決勝で早実・斎藤と投げ合った。
田中は「ファンの皆さんに夢や希望や感動を与えられる選手になりたい。チームに勢いを与えられる投手になりたい。とにかく勝てる投手を目指してます」と決意表明した。

(日刊スポーツ) - 9月14日10時12分更新
10 : 12 : 00 | 2006夏の甲子園関連 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
高校野球 駒苫・田中投手がプロ志望届提出…道高野連に
2006 / 09 / 14 ( Thu )
 夏の甲子園で準優勝した駒大苫小牧3年の田中将大投手(17)は13日、北海道高野連にプロ志望届を提出した。会見した田中投手は「小さいころからそこ(プロ)を目指してやってきた。ファンに夢や感動を与えられる選手になりたい」と意気込みを語った。25日の高校生ドラフトでは、北海道日本ハムをはじめ複数の球団が1巡目指名するとみられる。

 田中投手は同日午後、50人近い報道陣を前に会見し、「プロを希望し、志望届を提出しました。まだ指名されるかも分からないが、応援してくれる皆さんの期待に応えたい」と、はっきりとした口調で答えた。甲子園の決勝で投げ合った早稲田実3年の斎藤佑樹投手(18)が大学進学を決めたことについては、「僕がどうこう言うことではない。それぞれの道で頑張って、またどこかで対戦できたらいい」と話した。

 田中投手は兵庫県出身。右投げ右打ち。身長185センチの恵まれた体格から繰り出す最速150キロの速球に加え、スライダー、フォークなど切れの鋭い変化球が武器。高校公式戦通算の奪三振数は現在416で、兵庫国体(30日開幕)では横浜時代の松坂大輔(西武)が持つ奪三振記録(423)に挑む。【笈田直樹】

(毎日新聞) - 9月14日9時56分更新
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駒苫・田中が志望届提出、プロへの夢語る
2006 / 09 / 14 ( Thu )
 北の怪物に迷いなし。駒大苫小牧のエース田中将大(3年)が13日、北海道高野連にプロ志望届を提出した。最速150キロの「世代最強投手」が卒業後の進路をプロ一本に絞った。すでに早大進学を表明した早実・斎藤佑樹投手(3年)に対し「またどこかで対戦できればいい」とエールを送った。25日の高校生ドラフトで地元日本ハムなど複数球団の1巡目指名が確実視されている。

 詰め掛けた約50人の報道陣を前に田中は「両親はもちろん、監督さんとかいろいろ話した結果の答えなので、迷いはありません」と明かした。この日の午前中に北海道高野連にプロ志望届を提出、午後から同校で会見を行った。

 初志貫徹した。全日本高校選抜の米国遠征から帰国した8日、大阪で兵庫在住の母和美さん(43)と会い「(プロ志望の)気持ちは変わってない」と伝えた。北海道に戻り、10日には香田誉士史監督(35)に進路に関するアドバイスを受けた。「そこ(プロ)でやって、成長していきたいと思ってました」。最後まで気持ちは揺るがなかった。

 帰国後も無休で練習を続け、及川雅哉捕手(3年)は「甲子園より全然レベルアップしてます」と証言。最速150キロの直球と高速スライダーを武器に、米国遠征を含めて高校通算32勝2敗、同416奪三振を積み重ねてきた。昨夏は甲子園優勝。今夏は37年ぶり引き分け再試合となった決勝で早実・斎藤と投げ合った。田中は「ファンの皆さんに夢や希望や感動を与えられる選手になりたい。チームに勢いを与えられる投手になりたい。とにかく勝てる投手を目指してます」と決意表明した。

 ○一問一答

 -プロ志望届は
 田中「昨日(12日)サインしました。気持ち的にいつもよりていねいに書いたつもりです(笑い)」

 -決断の理由を
 田中「小さいころからそこを目指してやってきて、レベルの高いところで野球をやりたい気持ちがありました」

 -香田監督のアドバイスは?
 田中「自分の人生だからお前が決めなさい、と。一緒に考えてもらって、助かってます」

 -甲子園、米国遠征を経験して
 田中「レベルの高い相手とぶつかり、そういう中でやれたら、自分も伸びると思いました」

 -斎藤くんの決断は
 田中「進学すると分かってました。自分で考え、自分で出した答えなので、ボクがどうこういう問題じゃありません。その道で頑張って、またどこかで対戦できればいいです」

 -どういうプロ選手に
 田中「チームに勢いを与えられる投手になりたいです。理想の投手? いません。とにかく勝てる投手を目指しています」

 -プロで成功する条件
 田中「体調管理とまわりの環境がしっかりしてないと、いい成績を残せないと思います」

 -即戦力を目指す?
 田中「早く活躍したい気持ちはあります」

 -先発・抑えの希望は
 田中「任されたところをやりたいです。こだわりはありません」

(日刊スポーツ) - 9月14日9時29分更新
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駒大苫小牧・田中がプロ入り表明「高いレベルでやりたい」
2006 / 09 / 14 ( Thu )
 今夏の甲子園大会で準優勝した駒大苫小牧・田中将大投手(17)が13日、北海道高野連にプロ志望届を提出、北海道・苫小牧市の同校で記者会見を開き、プロ入りを正式に表明した。25日の高校生ドラフトでは、巨人、日本ハム、楽天など複数球団が1巡目で指名する方針。右腕の今後の進路に注目が集まる。

 甲子園を沸かせた北の鉄腕が、夢だったプロ野球選手への道を歩み始めた。

 「小さいころからプロ野球を目指してやってきました。高いレベルの中で、野球をやりたい」。会見での田中はいつもの仏頂面(?)から、時折笑顔を見せて心境を語った。米国遠征から8日に帰国、進路について両親と相談してきた。そして、10日に香田監督と話し「小さいころから目指してきた」というプロ入りを決断した。

 夏の甲子園決勝で投げ合った早実・斎藤は、すでに大学進学を表明しており、2人そろってのプロ入りとはならないが「自分は自分。またどこかで対戦できたら」。30日からの国体、そして4年後のプロでの再戦を期待する。

 斎藤が抜けた今年の高校生ドラフトの主役。日本ハム、楽天以外にも巨人、オリックス、横浜らが指名を検討中。25日のドラフト会議で何球団から入札されるか注目される。

(サンケイスポーツ) - 9月14日8時2分更新
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田中「プロ志望届」提出…希望球団は明かさず
2006 / 09 / 14 ( Thu )
田中「プロ志望届」提出…希望球団は明かさず

 今夏の甲子園で準優勝した駒大苫小牧・田中将大投手(3年)が13日、「プロ野球志望届」を北海道高野連に提出した。苫小牧市の同校グラウンドで会見した田中は「ファンに夢や感動を与えられる選手になりたい」と抱負を語ったが、希望球団は明らかにしなかった。

 報道陣の前でプロへの熱い思いを口にした。「小学校に入学する前からプロを夢見ていた。テレビでやっていたのは巨人戦。家族で見ていました」日米高校親善野球から帰国した8日、両親と話し合い、10日に香田誉士史監督(35)の自宅で最終結論を出した。「将大には進学のいい部分も話した。大学4年間で人と知り合い、幅もできるから。でも、日米(野球)から帰ってきても、プロでやってみたい気持ちが強いな、と思った。それならその道で頑張ってもらいたい」と香田監督は話した。

 甲子園の決勝で投げ合った早実・斎藤佑樹投手(18)が大学進学を表明したが、田中はプロ入りを決めた。「自分は自分。斎藤君は大学で頑張ってもらって、将来どこかで対戦するのが楽しみ」今後はのじぎく国体(兵庫・30日開幕)に全力投球する。帰道後、すぐに70球を投げ込み、後輩たちとの紅白戦にも登板した。「最後は負けて終わりたくない」プロ向きの性格を表した言葉で締めくくった。
(スポーツ報知) - 9月14日8時1分更新
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駒苫の田中将大投手がプロ志望届-「夢与えられる選手に」
2006 / 09 / 13 ( Wed )
 記者会見で笑顔を見せる、「プロ志望届」を提出した駒大苫小牧の田中将大投手=13日午後、北海道苫小牧市の同校
記者会見で笑顔を見せる、「プロ志望届」を提出した駒大苫小牧の田中将大投手=13日午後、北海道苫小牧市の同校


「プロ志望届」を提出し、記者会見する駒大苫小牧の田中将大投手(中央)=13日午後、北海道苫小牧市の同校
今夏の全国高校野球選手権大会で準優勝した駒大苫小牧の田中将大投手(17)が13日、北海道高野連に「プロ志望届」を提出した。北海道苫小牧市の同校で記者会見し、「小さいころからプロを目指してきた。ファンに夢や感動を与えられる選手になりたい」と抱負を述べた。

25日の高校生ドラフトでは日本ハムなど複数球団から1巡目で指名されることが見込まれている。田中は希望チームについては、高校側の配慮で明らかにしなかった。

田中は力のある真っすぐとスライダーを武器に昨夏の甲子園大会で同校の2連覇に貢献。今夏の大会では37年ぶりに引き分け再試合となった決勝で早実(東京)の斎藤佑樹投手と投げ合い、惜しくも敗れた。

斎藤が進学を表明したことについて、田中は「自分は自分。またどこかで対戦できたら」と語った

「プロ志望届」を提出し、記者会見する駒大苫小牧の田中将大投手(中央)=13日午後、北海道苫小牧市の同校
「プロ志望届」を提出し、記者会見する駒大苫小牧の田中将大投手(中央)=13日午後、北海道苫小牧市の同校



★駒苫・田中将大投手の一問一答

プロ志望届を提出した駒大苫小牧の田中将大投手は報道陣を前に落ち着いた様子で語った。


--プロ入りに迷いは

「全然なかった」


--決断したのはいつ

「10日に(香田誉士史)監督と話して決めた」


--プロ入りの理由は

「小さいころから目指してきた。レベルの高い中で野球をやりたいという気持ちがあった」


--あこがれの選手は

「家族でよく巨人戦を見ていたが、特にいない」


--理想は

「ファンに夢や感動を与えられる選手になりたい」


--早実の斎藤投手の進学について

「自分は自分。またどこかで対戦できたらいい」




■田中 将大(たなか・まさひろ)
1988(昭和63)11月1日、兵庫・伊丹市生まれ、17歳。昆陽里(こやのさと)小1年から野球を始める。松崎中では「宝塚ボーイズ」に所属し投手と捕手。駒大苫小牧高では2年時に春夏連続で甲子園に出場し、夏は優勝。秋の国体、明治神宮大会も制覇した。今夏は甲子園で6試合に登板、4勝1敗、防御率2.22。日米親善野球では5試合に登板し、防御率0.71。1メートル85、81キロ。右投げ右打ち。家族は両親と弟。

19 : 45 : 55 | 2006夏の甲子園関連 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
駒大苫小牧・田中がプロ入り表明…複数球団の指名確実
2006 / 09 / 13 ( Wed )
駒大苫小牧・田中がプロ入り表明…複数球団の指名確実
高校生ドラフトの目玉となっている駒大苫小牧の田中将大投手



 今夏の全国高校野球選手権大会で準優勝した駒大苫小牧(北海道)の田中将大投手が13日午後、北海道苫小牧市の同校で記者会見し、プロ入りを表明した。15日が提出期限だったプロ野球志望届を、同日午前中に北海道高野連を通じて提出している。

 田中は185センチの長身を生かした150キロ近い速球を中心に、スライダー、フォークを武器とする、プロ球界注目の本格右腕。夏の甲子園では3連覇はならなかったものの、先に進学を表明した斎藤佑樹投手(早実)と投げ合った他、アメリカで行われた日米高校野球での力投は、素材の高さを示した。

 プロ入りを希望する高校生を対象とした高校生ドラフト(25日、東京)では、巨人、日本ハム、楽天など各球団が強い関心を示しており、複数球団が指名するのは確実な情勢だ。

ZAKZAK 2006/09/13
18 : 23 : 17 | 2006夏の甲子園関連 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
駒苫の田中、プロ志望を表明=決断に「迷いはなかった」-高校野球
2006 / 09 / 13 ( Wed )
 8月の全国高校野球選手権大会で準優勝した北海道・駒大苫小牧の田中将大投手(17)が13日、北海道苫小牧市の同校で記者会見し、プロ志望を表明した。
 田中投手は昨夏の全国選手権大会で連覇に貢献。今夏も6試合に登板し、決勝では東京・早稲田実の斎藤佑樹投手と再試合まで投げ合った。日本ハムなど複数球団が25日の高校生ドラフト会議で1巡目指名を検討している。
 田中投手は「最終的には10日にプロ志望を決めた。迷いはなかった。ストレートに磨きを掛け、夢や希望、感動を与えられる投手になりたい」などと語った。具体的な希望球団名などには一切触れなかった。
 甲子園のライバル、早実の斎藤投手が大学進学を表明したことについては「彼が出した結論で、僕がどうこう言うことではない」と話す一方、「またどこかで対戦できたらいい」と熱望した。 
(時事通信) - 9月13日15時31分更新
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<高校野球>駒大苫小牧の田中投手、プロ志望届を提出
2006 / 09 / 13 ( Wed )
 夏の甲子園で準優勝した駒大苫小牧の田中将大(まさひろ)投手(3年)は13日、北海道高野連にプロ志望届を提出した。25日に行われる高校生ドラフトでは、北海道日本ハムをはじめ複数球団が田中投手を1巡目指名するとみられる。
 田中投手は13日午後に同校で記者会見し、プロ入りに向けた思いを語る。甲子園の決勝で引き分け再試合となる死闘を繰り広げた早稲田実の斎藤佑樹投手(同)が進学を表明し、田中投手の進路が注目されていた。
 田中投手は兵庫県伊丹市生まれ。右投げ右打ち。身長185センチの恵まれた体格から繰り出す最速150キロの速球に加え、スライダー、フォークなど切れの鋭い変化球が武器。【笈田直樹】

[ 9月13日 13時21分 更新 ] 毎日新聞
13 : 21 : 00 | 2006夏の甲子園関連 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
駒大苫小牧・田中の大争奪戦!巨人など5球団が抽選覚悟
2006 / 09 / 12 ( Tue )
 早実・斎藤佑樹投手(18)の進学表明を受け、プロ各球団は高校生ドラフト(9月25日)で大幅な方針転換を迫られることになった。巨人、日本ハム、楽天など少なくとも5球団が重複覚悟で駒大苫小牧・田中将大投手(17)を1巡目で指名する方針。今夏の甲子園で斎藤と真っ向勝負を演じた右腕に、あらためて熱い視線が注がれる。

 新たな戦いのゴングが鳴り響いた。今夏の甲子園で主役を演じた高校球児2人のうち、斎藤が大学進学を表明。にわかに注目の的となるのは“もう1人の主役”田中だ。

 「今年は田中君、堂上君、増渕君と、いい選手がいっぱいいる。ボクの中では(1巡目選手を)固めているけど…」

 巨人の清武英利球団代表(55)は明言こそ避けたが、以前から球団としてトップの評価は田中だった。ところが田中に劣らない素質を持った斎藤がプロ表明の可能性を示唆。人気回復という点で、斎藤の決断しだいでは軌道修正を余儀なくされる可能性もあったが、進学表明で田中指名の方向性が固まった。

 しかし、田中を高く評価しているのは巨人だけではない。即戦力投手が必要な楽天も田中獲りの方針。野村監督も「(甲子園決勝をテレビで見て)球数が150球を超えてもスピードが147、8キロ出ていた。それだけで大変な素質だよ」と最大級の評価を与えた。

 さらに日本ハムは、地元・北海道の高校出身だけに是が非でもほしいところ。昨年の時点で早々に1巡目での獲得方針を宣言しており、スター性を十分に秘めた若手エースに、ラブコールを送り続けている。他にも横浜やオリックスも参戦が予想され、現時点では少なくとも5球団が1巡目で重複指名することになる。

 「プロでやりたい気持ちがある。日本のプロ野球なら12球団のどこでもいいです」

 すでにプロ志望の意向を示している田中。球団にこだわらない姿勢も争奪戦の激化に拍車をかける。斎藤から田中へ-。この夏、日本列島を感動の渦に包み込んだもう1人の17歳右腕が、秋の話題を独占する。
(サンケイスポーツ) - 9月12日8時3分更新
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駒苫・田中は最大6球団競合か
2006 / 09 / 12 ( Tue )
 斎藤の進学希望表明によって、25日の高校生ドラフトは駒大苫小牧・田中将大投手(17)が最大の目玉となった。12球団OKの田中に対して1巡目指名が予想されるのは最大で6球団。高い競争率を避けて他の候補へ変更する球団も出てくる可能性もある。残り2週間、斎藤のプロ入りが消えて水面下の駆け引きが急速に動きだした。

 斎藤がプロ入りを4年後にしたその日、遠く北海道・苫小牧では田中が香田監督と進路について話し合っていた。すでに12球団OKを表明。「プロ志望届」の締め切りを前に、一気に周辺が慌ただしくなった。

 2年生で甲子園優勝投手となった昨夏から、今年のドラフトの中心だった田中。地元・北海道の日本ハムは「競合になっても逃げるわけにはいかない」(山田スカウトシニアディレクター)と早々と1巡目指名を打ち出し、楽天も同様の方針を示している。斎藤が指名候補から消えたことで巨人、横浜、ロッテ、オリックスも当初の予定通り田中の指名が濃厚。これで最大6球団が競合することになった。

 豊作と言われる今年の高校生ドラフト。現時点で1巡目候補に挙がるのは西武とヤクルトが狙う増渕、中日と阪神が競合する堂上、そしてソフトバンクが一本釣りをもくろむ大嶺、広島が指名を決めている前田と、田中の5人だ。いずれも将来のエースまたは4番候補の好素材。それだけに最大で6分の1という高い競争率を避け、他の候補選手に指名方針を変える球団が出てくる可能性は否定できない。

 5人のうち田中以外の4人はすでに「プロ志望届」を提出。田中も15日までに提出する。斎藤がいなくても今年のドラフトは熱い。最大の目玉となった田中をめぐり、各球団の動きはこれから本格化してくる。
(スポーツニッポン) - 9月12日6時3分更新
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